ご挨拶


こんにちは、清水哲男です。今年の秋は遅いですね。僕はまだ模様替えをすることができずに、夏の格好をして歩いています。先だっても島根県松江から福井県若狭、敦賀とまわってきました。Tシャツ1枚にリュックを背負って首タオルという、真夏のようないでたちでした。誰が見てもずいぶん怪しい不審者だっただろうと思います。
松江はここ数年の間に3度か4度目でしたが、毎回違う表情を見せてくれます。
早朝の宍道湖大橋に立ちました。日が昇りはじめると中海の方から宍道湖を目指してたくさんの漁船が猛スピードでやってきました。しじみ漁の船です。少しでも良い漁場を求めて競い合うように走っているのです。その日の漁場を定め、朝陽を受けてきらきら輝く水面でゆらゆら揺れながらしじみ漁に勤しむ。長閑ではあるけれど、人が生きていく姿に圧倒されました。
何よりも前夜いただいたあの肉厚のしじみが、こういう人たちの仕事の賜物だということを深く噛み締めた清水哲男でした。
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サンクチュアリ ふみ@新開地,神戸市兵庫区
文子という素敵なおかあさんがひとりで切り盛りする小体な立ち飲み居酒屋。その小体さを侮ってはいけない。冷蔵庫の扉に張り巡らされた品書きの数を見て驚いた。刺身、焼き物、揚げ物、そのほか一品ものが数多並ぶ。品切れも多いんじゃないかなどと思ってはいけない。このどれもが頼めば出てくる。客が少ない時はすぐに出てくるが、混み合っている時は少々時間がかかる。仕方ない。何せおかあさんひとりで立ち働いているのだ。客も承知の上で、酒を飲みながらじっと待つ。遅いなどとこぼす客はいない。
近くに競艇の場外舟券場があり、さぞや荒くれた男のたまり場かと思いきや、ギャルから熟女まで女性客が多い。しかもどちらさまもけっこういける皆さんばかりなのだ。自然と店内は賑やかになる。おかあさんはその会話に耳を傾け時々会話に参加するが、決して手を止めることはしない。実に働き者なのだ。
この日は朝から雨が降り客は少なかった。僕らはおかあさんとじっくり話す時間を得た。
まだ子どもが小さかった頃働きたいと思い立ち、ご主人に働いていいか聴いたそうだ。するとご主人は「子どもに聴きなさい」と。まだ小さかった子どもさんに「お母さんお仕事行っていい?」と問うと「いいよ」と答えてくれたそうだ。そのひと言でおかあさんの人生は決まった。
飲食店の洗い場を皮切りに一生懸命働いた。働きすぎて体調を崩し仕事を辞めた。それでも働きたかった。するとご主人がこの小さな店を見つけてきてくれて、この店がスタートした。今から40年ほど前のことだった。それから何も変わらない。笑顔で毎日過ごしてきた。
活あわびの刺身を食べた。いくらの醤油漬けを食べた。ポテサラを食べた。芋焼酎を飲んだ。どれもうまかった。だけど何よりもうまかったのは、おかあさんの人生の話と笑顔だった。神戸に行くと必ず寄りたくなる店だ。

INDEX

  1. 清水哲男のサンクチュアリ ふみ
  2. Prof. 田川の揺れる音楽道「coda:The scenery of a nuclear power plant」
  3. しみてつコラム「あーちゃんの弁当」
  4. ご購入のご案内

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Prof. 田川文彦の揺れる音楽道

coda:The scenery of a nuclear power plant

 

https://soundcloud.com/yurete_aruku/coda-the-scenery-of-a-nuclear
coda: The scenery of a nuclear power plant
The lifespan of nuclear power plants has been extended from 40 to 60 years. These additional 20 years might signify the conclusion of Japan’s nuclear energy policy.
コーダ
原発の寿命は40年から60年に延長された。その20年は日本の原子力政策の終曲を意味するかもしれない。

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しみてつコラム

あーちゃんの弁当

津和野郷土料理うずめ飯定食@遊亀,後田口津和野市

つい先だっての取材旅行の折、風変わりなご馳走をいただいた。
山口から国道9号に沿って松江を目指す途上に津和野を訪れた。京都生まれであるせいか、山陰の小京都と呼ばれる当地を一度は訪れたいと思っていたが、この歳になってはじめてのことだった。それに、ここは訪ねておきたいと思うところ何カ所かあった、安野光雅美術館や森鴎外記念館、さらに京都発祥の鷺舞が舞われる弥栄神社などだ。
着いたのは昼時。観光よりもまずは腹拵えということになった。さて津和野の郷土料理、名物といえば……。同行者の「津和野に来たら絶対にこれを食べないと!」という強い推しを受けて、うずめ飯なるものを食べようということになった。津和野川に並行する石畳の旧市街地を抜け、風雅な趣が残る遊亀(ゆうき)という店に入った。店の名がすでに津和野藩最後の藩主亀井茲監(かめいこれみ)に因んだのかもしれないな、などと思わせる。しかも店内奥の壁には槍や武具が掲げられている。郷土料理を食べるにこれ以上ふさわしい雰囲気はない。
さてうずめ飯というやつだが、白米の中に、煮た野菜や椎茸、豆腐などの総菜を細かく切ってうずめ(埋め)、出汁をかけたもの。最近でこそ鶏肉や魚などを混ぜ入れることもあるというが、本来は野菜、山菜、椎茸、豆腐などを煮たものだけだった。由来は、客をもてなす際に畑にあったものをササッと料理し、それが粗末に見えないように白米の中に埋めたとか、「何もなくて申し訳ない」という奥ゆかしい気持ちを表したものだとか、贅沢品としてご禁制になったわさびをこっそり埋めてもてなした、など諸説あるようだ。面白いことに供する側も受ける側も、顔を伏せてやり取りするという風習が残っているという。客をもてなすにもそれぞれの地方でいろんなやり方があるものだと思った。
出てきたうずめ飯は見栄えも味も風変わりと言っていいほど質素なものだった。メインのうずめ飯にそうめん瓜の酢の物、柿の辛子和え、筍と高野豆腐の炊き合わせ、山菜のお浸し、田舎こんにゃくの刺身、じゅんさいのおすまし、香のもの。精進料理というよりも、どれをとっても素朴な田舎料理という感じだ。料理の趣向に反するかもしれないが、僕が地元の酒をいただいたことは言うまでもない。
「小京都と呼ばれるのに、料理は質素なんだね」隣のテーブルの客がつぶやくように言った。
小がつくとはいえ京都を売りにするのだから、料理もきらびやかであってほしいと思ってのひと言だろう。
だが、と僕は思う。僕の記憶の中の食卓の風景は常に質素なものだった。僕の家が特別貧しかったわけではない。食卓に錦繍を散りばめたような京料理は特別なハレの日の風景で、京都の普段は案外地味で質素なものなのだ。
うずめ飯を食べながら思い出したことがある。中学に通っていた頃の弁当だ。その時期母が長く入院していたので、毎日の弁当は祖母がつくってくれていた。弁当だけではない。僕は幼い頃から祖母の手で育てられた。そんなこともあり、祖母のことを「かあさん」の一段上という意味を込めて「あーちゃん」と呼ばされていた。
そのあーちゃんの弁当だが、まさにうずめ飯だった。アルマイトの深い大きな弁当に、薄く飯を敷き全体にふりかけをかけまわす。その上にまた飯を敷き今度は佃煮、次は海苔と繰り返し何層も重ねていく。一番上にはしゃけが一切れ、あるいは卵焼きが三切れ、あるいはたらこが一腹、あるいは梅干しが一個、あるいは何にもなし……。そんな弁当だった。いろどりは別として、とにかく飯が腹一杯食べられる弁当だったのだ。今は使ってはいけない言葉になっているそうだが「しみてつのドカベン」と学校中で有名だった、とか。
「あれはまるでうずめ飯だな」
そう思いながらあーちゃんの顔を思い浮かべた。
「いつも手抜きで変わり映えのせん弁当でかんにんな」
そんなことを言っていたな。同級生たちの弁当はそれぞれまちまちだった。中には兄弟の分も含めて自分でつくってくるという女子もいたし、恥ずかしいといって弁当の蓋で隠して食べる子もいた。社会全体がまだまだ豊かではなかった昭和の中頃、弁当はその家庭の事情を如実に物語っていたのだろう。
うずめ飯に懐かしいあーちゃんの味をダブらせてみる。質素という意味では何も変わらないし、食べる人への思いやりという意味でも温かみが伝わってくるようだ。
「手抜きなんてしてなかったし、いっぱい思いを込めててくれたんやろなあ」
あーちゃんの弁当は僕にとってこの上ないご馳走だった。

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揺れて歩く人々の問い vol.69

「あなたはネットバンキングを使っていますか?」あるいは「あなたはネットバンキングを信頼できますか?」は、次回に持ち越します。清水が問いかけを対話テーブルにアップするのを忘れておりました。申し訳ございません! ということで、ネットバンキングにまつわることならなんでもかまいません。お気軽に!

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頁数:192p
体裁:B5変形横型(182mm×210mm)
ISBN:978-4909819086
2020年4月15日 初版発行
価格:2420円(本体2200円+税)
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