あ〜 忙しいです。ん?これは前回もこぼした愚痴ですね。ただしそれは同時開催写真展の準備に追われてのことでした。あれから1000キロ離れた2つの会場に無事搬入を終え、両会場ともオープンにこぎつけました。いやはや、こらぁ人生でもっとも多忙を極めた数カ月かもしれません。自分でもよく頑張ったと思います。が、そのおかげで、前回のライブ配信は飛ばしてしまうことになりました。申し訳ございません。でも今回は必ずやるよと心に決めている清水哲男です。
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清水哲男関連イベントのご案内
大好評開催中!GWの近場のお出かけに!
どちらの会場も、感染防止対策へのご協力をお願いいたします。
種子島からはじまる〈日本を探す旅〉
私は旅する作家・写真家だと受けとめられている。
確かにそうだ。私は旅に明け暮れている。しかしそれは〈場所〉をめぐる旅ではなく〈暮らし〉をめぐる旅なのだ。〈暮らし〉がこの国の〈文化〉を生み、〈歴史〉をつむぎ、この国の〈今〉をつくっていると確信しているからだ。私の旅の目的は決して〈標準化〉されることなく積み上げられ堆積してきた〈そこでしか見ることのできない〉暮らし、文化、〈そこでしか受け継ぐことのできない〉伝統、歴史をつぶさに見ることにある。
そういう私にとって種子島は、この国、ニッポンの文化の姿を様々に見立てることが可能なこの国の縮図なのだ。〈日本〉という島嶼は様々な文化が接点を持ち、吸収・融合・発展を繰り返してきた。その根拠がこの島嶼のあちこちに点在しているはずだ。そしてその縮図が種子島だと私は考えている。私は〈日本を探す旅を〉ここ種子島からはじめるのだ。(清水哲男)
清水哲男写真展「種子島物語 文化打ち寄せる渚にて」
会場:JARFO京・文博
京都市中京区三条高倉京都文化博物館別館
会期:2022年4月20日(水)〜5月8日(日)
11:00〜18:00(最終日は16時まで)
決定!清水哲男の鹿児島での久々の写真展は陶芸家との二人展です。
仕事を舞台に続けた対話・対酌の形をお楽しみください。
僕がただ漠然と竹之内彬裕氏の仕事風景を撮りだしたのは2009年1月のことだから、もう13年あまり撮り続けてきたことになる。カメラを向け、多くを語り合い、飯を食い、酒を飲む。そんな日々を重ねきた。2019年1月からは「竟の仕事」という明確なテーマを設けた。人生最晩年の仕事の風景をということだ。しかし、ますます旺盛にパワフルになっていく氏の創作意欲に写真を撮らされている僕がいた。今回はその〈力〉が「匣」の中に込められた。蓋を開けた時、そこにはいったいどんな世界がひろがるのか、楽しみでならない。(清水哲男)
竹之内彬裕×清水哲男 陶匣と写真で綴る陶芸家の日々訥々
会期:2022年4月24日(日)〜5月15日(日)
開場:11:00〜18:00(最終日は17:00まで)
会場:蒲生和紙ギャラリー
〒899-5307 姶良市蒲生町久末2409-2
TEL (0995)52-8993
入場:無料
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揺れて歩く人々の問い vol.39
テーマ:今年お花見をしましたか? それはどんなお花見でしたか?
あっという間に花の季節が終わりましたね。別に待ち望んでいるわけではありませんが、花が咲きかけたという知らせが届くと、なんだかそわそわしてしまいます。
この2年余りの間、あまり外にも出られず、花見なんて犯罪だなどという空気さえ漂っていました。そうして今年。波と波の束の間の平穏みたいな時期に、花の時期が重なりました。花の下での宴会などというのはまだまだ気がひけるかもしれませんが、花を見に出かけた人も多いのじゃないでしょうか。そこであなたにおたずねです。
今年お花見をしましたか? したとしたら、それはどんなお花見でしたか?
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今回も揺れて歩く人々からコメント頂きました。
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ブルーシート広げて飲みながら楽しむお花見は今年も出来ませんでした。福祉の仕事柄、利用者さんたちと桜の下をのんびり散歩したのが今年のお花見でしたね。来年はワイワイと楽しみたいものです。(鹿児島市M.Yさん)
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詳しくはこちらからどうぞ。https://www.facebook.com/photo/?fbid=3070778643174953&set=gm.2311993808949885
コメントもぜひぜひお寄せください。
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Prof. 田川文彦の揺れる音楽道
「UNEASINESS 不安」
「揺れて歩く」 Soundtrack より https://soundcloud.com/yurete_aruku
「UNEASINESS 不安」https://soundcloud.com/yurete_aruku/uneasiness
夫が半年の余命宣告を受けた。不安がすべてを飲み込んでいく。昨日まで美しく聞こえていた日常の音が何も聞こえない …… 。
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しみてつコラム「シュールを越えて」
最初にことわっておかなければならない。僕の写真はアートではない、と。僕の写真は文章と一体となって〈そこ〉で〈何〉が〈起きている〉のかを知らせるドキュメントなのだ。
いま京都文化博物館のJARFO京・文博で開催している清水哲男写真展「種子島物語」も、僕が捉えた種子島の〈いま〉を写真と文章と音楽、そして〈モノ〉で展示した。あるひとは「物産展だ」と笑ったが、僕はその通りだと思っている。〈ヒト・モノ・コト〉を訪ね歩くのが僕のテーマで、その全てを見せたいと思っているからだ。
そう言う意味で、JARFO京・文博の空間は、いま1冊の本になっていると僕は思っている。
同じ建物の中でKG、国際写真フェスティバル「京都グラフィ」のメイン展示、ギイ・ブルタン写真展が開催されている。フランスの「VOGUE」などのファッション誌や、シャネルをはじめとするブランドの広告を数多く手掛け、20世紀を代表するファッションフォトグラファーのシュールな写真が並んでいる。まさにアートだ。
カメラをぶら下げたおしゃれな人々が大勢集まってくる。僕の写真展はそのおこぼれにあずかっている。だけど「知らずにたまたま入ったけどギイ・ブルタンより面白いね」などと言ってもらえると、とてもうれしい。ああ、やってよかったなと。
ところが同じ京都文化博物館で「鈴木敏夫とジブリ展」が始まると様相は一気に変わった。人の流れがジブリへジブリへと変わったのだ。人々はギイ・ブルタンに背を向けて通路を進むことになる。ジブリ前に延びていたギイ・ブルタン入場待ちの行列はなくなった。「ジブリが人を持ってっちゃう」そんな感じだ。僕の写真展はと言えば、ジブリへの通路の途中なので、相変わらずおこぼれにあずかっている。
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