INDEX

  1. 横目流し目 まちの記憶
  2. 清水哲男のサンクチュアリ タントン
  3. 時空を超える1冊 「自由っていうのは失うものがなにもないことさ」
  4. 揺れて歩く人々の問い
  5. 清水哲男新刊書のご案内
  6. ご購入のご案内

「Prof. Tagawa の揺れる音道」今回お休みします

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横目流し目 まちの記憶


「まるたけえびす」という唄が京都にはあります。京都市街地の東西南北の通り名をよんだ唄です。
京都には碁盤の目のように大路小路が走っています。正確なところ番地を知らなくても、南北の通りを縦軸、東西の通りを横軸に座標で場所を特定できるのです。たとえば鍵屋町通り東洞院西入る。これは僕の父の実家のあった所です。鍵屋町通り不明門東入ると言い換えることもできます。
そうなると所番地は知らなくとも、東西南北の通り名を覚えておかないと京都では動けないということになります。タクシーに乗っても全部それで目的地を言うわけです。だから本当の京都人ならその唄を知っているのです。
僕も子どもの頃からうたい覚えてきました。だから京都を離れて30年になっても、鹿児島のまちでは道に迷っても、京都のまち中は自在に動けるのです。通りの両サイドの風景が変わっても、決して間違うことはありません。ある意味「まるたけえびす」の唄の中に京都の記憶が生きているような、そんな感じです。
でもね、それは唄だけの記憶ではなくて、教えてくれた祖父母や両親、一緒にうたった友だちの思い出でもあるのです。思い出すと懐かしくて、ちょっと甘酸っぱいようなそんな記憶です。
結局まちの記憶って、一緒に同じ時空を生きた人の記憶なんですね。まちの記憶は人の記憶。そんなことをあらためて知りました。
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清水哲男のサンクチュアリ
あの店は文化だったな

タントン@衣棚通二条下ル, 京都市

「きぬ芳」という酒場が無くなってから幾年かの月日が過ぎたが、今頃になってその存在感が重みを増してきたような気がする。ーー(中略)ーーそこに集まった客たちが、あの店に代わる酒場を探しているのだが、それはもうどこにもない。ーー奈良本辰也(歴史家 『からけしが燃えた 「きぬ芳」を偲ぶ』より)

こんな書き出しではじまる本がある。『からけしが燃えた 「きぬ芳」を偲ぶ』だ。「きぬ芳」は川端団栗近くで「お静かに一杯」とい看板を掲げた酒場っだった。そこはある常連客の言葉を借りれば「あの店は文化だったな」という、京都を象徴するような店だったようだ。僕も名前くらいは知っていたが、覗いたことはなかった。その店のママが亡くなって閉店したことを受けて、常連客たちが想いや思い出を綴った本があると噂には聞いていたが……。

マスターも編集者の1人に名を連ねる

その店タントンはひっそりとした洛中の住宅街の中に佇むようにある。コンクリート打ちっぱなしの外観、よく見ないと店だとわからないが、中に入るとおしゃれなカフェなのだ。親しくしている友人に紹介されて覗くようになって、マスター清水英一さんにも写真展に足を運んでもらうような仲になった。マスターはぶっきらぼうだけど、けっこう料理がうまいので、オシャレに過ごす女性客たちに混じって、おじさんや半ばおじさん化したおばさんの酔客も少なくない。
お静かに一杯

ひょんなことから「きぬ芳」の話になり、マスターは細々したことまでかなり詳しかった。よほどの常連だったのかなと思ったが、マスターのひとことはちょっとした衝撃だった。
「あの店は俺のお袋がやってたんや」
僕は知らず知らずのうちに伝説の店の、いちばん縁の深い人に出会っていたのだ。
ポップコーンはとにかく量が多い

そう思うとマスターの店のさりげない佇まいや、「俺あんまり働きとうないねん」という言葉や働き様に、なんとなく只者ではない感が漂っているではないか。看板こそないが「お静かに一杯」という言葉はこの場所にも生きているような気がした。あの場所から受け継いだDNAのようなものだろうな。
春巻きをあてに芋焼酎のソーダ割り

客の注文をこなし、酒を注ぎ、阪神タイガースの中継に耳を傾ける。その合間に客にちょっとだけ愛想を振る。必要な物は揃っているが、過剰なものはない。客にとっても店にとってもいい関係なのは間違いない。
チキンバー

件の本の中に常連だった八木一夫の言葉が紹介されている。
「たかが飲み屋と客の因果関係」
たしかにと思う。双方が原因となり双方が結果となる。原因と結果の直接的な結びつき。たかがと言うがそれを断ち切ることはできない。
店内は静かだ

どこの店ででもなく、この店でだ。そういう時に文化は生まれ、サンクチュアリは成り立つのだと僕は思う。
「まあ、エエやんか」
こんな小難しいことを思った時、会ったこともない「きぬ芳」のママの声が聞こえた。
インバウンドに大人気、モーニングセット

チャーハンカレー

オムライス

エビフライどんぶり

トンカツ定食

Aランチ

ランチ、定食はご飯抜き可。あてになる

TANTON/タントン
京都市中京区衣棚通二条下ル
メニュー、営業時間などは直接問い合わせを

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揺れて歩く人々の問い
あなたの『お気に入りの1冊』を教えてください。


あなたの『お気に入りの1冊』を教えてください。
あなたはこれまで生きて本を読んできて、「この本がお気に入り」「大きな影響を受けた」「好きで繰り返し読んでいる」というような本がありますか?
あるいは「最近読んで面白かった」という本でもかまいません
ーー
A.Nさん(鹿児島市)
ピーターパン
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M.Fさん(京都市)
重松清さんの『その日のまえに』
を20年ぶりくらいで読み返しました
その頃は娘も小さかったので感情移入し過ぎましたが
今は素直に読めましたが
最近親しい人が亡くなったりが続いているので
その日のまえに、その日、
その日のあとで………
深く考える本でした
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F.Tさん(鹿児島市)
お気に入りの書籍は
たくさんあるのですが
小学校5年生のときに
徳大寺有恒著「間違いだらけの車選び」が発売になり
すぐに買って何度も読み返しました。
今では
徳大寺氏の(が)
ダンディズムについて書いた
この4冊を
何度も手にしている気がします。
「ダンディー・トーク」
「ダンディー・トークⅡ」
「今夜はノータイで決めよう」
「徳大寺有恒のオトコの心得」
というわけで
ボクの1冊は“徳大寺有恒著“でお願いします🙇

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コメントいただいた皆さん。ありがとうございました。コメントは以下のページからもご覧いただけます。
https://m.facebook.com/groups/1651099238372682/permalink/3487436978072223/
次の問いは次回ライブ配信時にお知らせします。〈揺れて歩く人々の対話テーブル〉でお気軽にコメントくださいね!
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時空を超える一冊

春一番、最後の風に吹かれて
「自由っていうのは失うものがなにもないことさ 福岡風太 『春一番』を生きて」


僕が今この文章を書いているのは、10代の頃にオンボロのステレオ通して大好きな音楽を聴いていた小さな路地の奥の小さな部屋だ。なけなしの金を叩(はた)いてレコードを必死になって買い集め聴いていたが、圧倒的にLiveが好きだった。レコードやラジオでは、なんとなく「ほんまもん」の音楽に触れている感じがしなかった。なにが「ほんまもん」かも知らない若造がそんなことを思い、なけなしの金を叩いて買ったはずのレコードを売っ払い金を工面してLiveに出かけるのだ。今から思えば涙ぐましい日々を送っていた。昨日は拾得今日は磔磔明日は西部講堂、そんな生活をしていたのだ。その合間に学校に行ったり、アルバイトをしたり、自分でもギターを弾いたり、詩を書いたり……。勉強をする暇も恋をする暇もない。そんな感じだね。
そんな僕に「ほんまもん」というより音楽の楽しさ、Liveの楽しさを教えてくれたのが「春一番」、天王寺公園の春一番コンサートと雑誌「プレイガイドジャーナル」だった。「春一番」は71年5月にはじまり「プガジャ」はその7月に刊行された。「プガジャ」でいろんな情報を仕入れてレコードを聴き、さらにLiveに出かける。その出発点と最高峰が「春一番」だったのだ。
「春一番」は79年に一旦終わり95年に復活した。その間僕はせっせと通い会場の片隅で音楽に塗(まみ)れ、いろんな情報を集め蓄積した。それらの一つひとつが今の僕をつくっていることに間違いはない。だが残念なことに「春一番」は、プロデューサーであり舞台監督、司会者であった福岡風太氏が2024年6月に亡くなり、2025年はその息子嵐氏が受け継いで開催されたがそれが最後となった。これは僕にとっても大きな出来事だった。人生の大半を一緒に歩み、大きな影響を受けた柱のようなものが消えてなくなるのだ。しかも最後の開催なのに、僕は自分の写真展開催中で行けなかったのだ。「大きな」という言葉だけでは説明できない。言葉にならない空洞が胸に空いたようだった。
僕にとって「春一番」とはなんだったのか。最後の「春一番」のあとそのことを考え続けたが答えは見つからなかった。
最後の「春一番」開催にあわせて1冊の本が上梓された。
「自由っていうのは失うものがなにもないことさ 福岡風太 『春一番』を生きて」
がそれだ。70年頃からの福岡風太氏の文章や対談、インタビューがぎっしり詰め込まれている。「春一番」とは何か、「ほんまもん」の音楽とは何かという僕の疑問、思いに答えてくれるはずだと。
280ページほどの誌面にあったのは風太(親しみを込めてそう呼ぶ)の実際の姿、思い、苦悩と「春一番」の事実だった。あのコンサートは毎年、僕らを取り巻く状況を映し出す鏡のようなものだったのだと思った。時代がどんなに変わろうが、社会の状況が変わろうと、僕らとうたとうたを携えたムーブメントは決して止まらない、止めてはならないというメッセージだと。
風太はいつの時代でも、社会状況でも理念も思想もいっさい変えない。自由にこだわり、平和を願い、権力に反する人だった。僕らは「春一番」でうたを通じてそれを感じ取っていた。そして自分自身自由にこだわり、平和を求め、反権力・反差別を口にする人間になった。それがいいのか悪いのか……。それはこの先自分で決める。
風太のひとつの言葉が胸に強く響いた。
「音楽を考える時、一番大事なことは「そこに人間の存在がある」ということやと思うんです。
人間の魂があればこその音楽なんです。
僕がLiveにこそ「ほんまもん」の音楽を感じるのは、Liveが音楽としてだけではなく、奏者の人間としての存在、魂の表現としてその瞬間そこにあるからだろう。そういう音楽にこれからも出会いたい。
「春一番」を一緒に生きたひとりとして。

福岡風太氏と春一番コンサートに感謝を込めて。

自由っていうのは失うものがなにもないことさ 福岡風太 『春一番』を生きて
著者 福岡風太
編者 福岡嵐・古賀正恭・村元武
東方出版刊 2025年
ISBN978-4-86249-468-9 C0095 ¥2000E

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頁数:192p
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2020年4月15日 初版発行
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最後までおつきあいありがとうございました。
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次号は2026年2月27日(金曜日)配信予定です。
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