INDEX

  1. 横目流し目 「立場」ということ
  2. Prof.TAGAWAの揺れる音楽道
  3. Book Review 目には見えぬ心に
  4. 揺れて歩く人々の問 「昭和」とは
  5. しみてつコラム 幸せだったのは僕の方だ
  6. ご購入のご案内

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横目流し目 「立場」ということ

戦時中旧制中学生だった父の遠足のひとコマ。軍事教練の一環だったそうだ

高市早苗さんって、ずいぶん若ぶっていらっしゃるっけど、1961年生まれの65歳なんですね。立派な昭和生まれ。民間なら定年のお歳ですよ。
お若い頃、戦争のことは知らないから責任があるとは思わない。反省などしないだなんておっしゃったんですね。だけど、お生まれは戦争が終わってたかだか16年しか経ってないんですねえ。僕は彼女より5、6年前の生まれで同様に戦争世代ではありませんが、まだまだ戦争の傷跡はあちこちにありました。風景の中にも人の心の中にも。僕はそういう諸々を目の当たりにして、学んで育ってきたつもりです。そして戦後生まれ、「戦争を知らない」世代ですが、戦争に対する責任、反省を親の世代から受け継いできたつもりです。
そのことは僕が生きていく上でとても大切なことだと。
だから僕はいかなる戦争に対しても反対だと大きな声で主張するのです。
そんな僕にとって、「責任なんて感じない」「反省なんてしない」と平気でおっしゃる方は、政治家にはふさわしくないとしか思えません。少なくともあの戦争は政治の帰結として、外交で解決できなかったことを戦争で解決しようとした結果ですよね。政治が国民を戦争に駆り立て大きな犠牲を強いたのです。これは疑いようのないことです。諸説ありますがアジア全体で2千万人の人々が死に、日本人の死者は、政府発表でおよそ310万人とされています。普通の市民だった僕の母親は、かつて「終戦」という言い方についてこんなことを言っていました。
「戦争したがってた政治家やら戦争を指導してたという軍人には敗戦の日、従わざるを得なかった兵隊さん、もの言われへん庶民にとっては終戦の日。その違いは大きいで。けど、戦争反対とちゃんと言えへんかったうちらの、庶民の側の責任はもっと大きいわ」と。
なおさら政治家って、この国はいかなる歴史を持っているのかをきちっと学んで自分の行く道、国の行く道を示さないとダメなんでしょうねえ。
でも「責任なんて感じない」「反省なんてしない」と彼女はおっしゃる。反省するいわれなんかないのだと。
過去から学んで未来を考える。政治家が忘れてはならない立場ですよね。特に総理大臣などという立場に立つ人は、過去の問題点を具に学び、検証し、多くの声に耳を傾けて、議論を重ねて最善の道を模索しなけらばならないと思います。さすがに「責任なんて感じない」「反省なんてしない」と平気でおっしゃる方でも、その立場に立たれた以上そうでなければならないと。
残念ながら彼女は自分のことしか語りませんものね。しかもネット上でね。
SNSでぐちゃぐちゃと垂れ流すなど、僕にでもできることですから。
どうぞ「立場」ということを考えてください。
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Prof.TAGAWAの揺れる音楽道
At the Edge of Dusk With the Memories of a Pianoman


At the Edge of Dusk With the Memories of a Pianoman
Off to the war, my gentle child…
Love for this land is just a shadow in the wild.
Fading away, a passing breath,
Nothing beside my love for you.
Don’t let the enemy take your light.
Don’t let this nation claim your life.
No grand design, no higher prayer—
Just stay alive, and breathe the air.
黄昏の淵で あるピアノマンの思い出とともに
戦地に赴く我が子への想い。
国を愛する想いなど、我が子への想いに比べたら幻にすぎない。
敵に殺されてはならない。国に殺されてはならない。
ただそう強く願うのみ。
音楽:田川文彦
写真:清水哲男
制作/著作:清水哲男事務所
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BooK Review
「クロニクル 千古の闇」全6巻

ミッシェル・ペイヴァー作 さくまゆみこ訳 評論社刊

値を置く社会に強く惹かれた。そんな記憶が「クロニクル 千古の闇」を手に取らせなんでだろう。
NHKBSで「ワイルドライフ『アラスカの光と風』星野道夫×大竹英洋 時を超える旅」の再放送を見た。3度目かな。ずっとそうなんだけど、星野さんに関する番組を見ると決まってミシェル・ペイヴァーの「クロニクル 千古の闇」を読みたくなる。というか、気がつけばページを開いているのだ。星野さんの本ではなく、だ。なんでだろうな……。
星野さんの「長い旅の途上」の『遺産』という項の中に
〈目に見える物に価値を置く社会、目には見えぬ心に価値を置く社会……。〉
という言葉がある。
アラスカのとある廃村の古いトーテムポールを博物館が歴史的遺産の保存を目的に持ち去ろうとしたが、人々は朽ち果ててゆくままにしたいと拒絶したという。1人のインディアンが言う。
「いつかトーテムポールは消え、森が押し寄せてくるだろう。それでいい。その時、ここはさらに霊的な土地になるからだ」
と。そして別の場所で別のインディアンの古老が言った。
「あなたたちは、なぜたましいの話をしない。それがとても不思議だ」と。
それを読んで、目には見えぬ心に価るのかもしれない。
紀元前4000年、石器時代の北欧の森が主な舞台。主人公はオオカミに育てられ、オオカミの言葉を話すことができる少年トラク。彼は〈生霊わたり〉と呼ばれ、他の生き物の体に魂を入り込ませることができる。人々は氏族ごとに自給自足の生活を営んでいる。魔導師や〈魂食らい〉は魔術を扱い者や、〈天地万物の精霊〉をはじめとした超自然的な存在も登場する。主人公たちがそんな世界を冒険するファンタジーだ。一方で古代の人々の生活に関する描写は、著者の取材に基づく事実に沿ったものとなり非現実的描写は絞られて、時間を遡った現実世界だと思わせる。それが星野さんが撮った写真、描いた世界と、僕の中で重なるのだ。
2人に共通するのは自然と魂だ。ペイヴァーが描いた6000年前の石器時代は「目には見えぬ心に価値を置く社会」そのものだ。星野さんも「目には見えぬ心に価値」を求めて旅を続けていたのだと思う。
「魂のことは誰も教えない。科学のことばかりを教える」
「長い旅の途上」に登場する老インディアンの言葉だ。科学は情報だ。あらゆるものを可視化して価値をつける。魂は目に見えぬ心、言葉を変えればネイティブに備わった想像力だ。情報が氾濫する社会は、想像力と共に考える力をも奪い取るようだ。最近ではその情報のかなりの部分をフェイクが占める。
ペイヴァーの「クロニクル 千古の闇」はファンタジーだが、我々が生きていく上で大切にしなければならないものは何かを教えてくれているよう気がする。星野道夫さんの人生、一連の作品もまた然りだ。
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揺れて歩く人々の問
「昭和」と聞けばあなたは何を思い浮かべますか?

これぞ昭和の象徴。純喫茶とクリームソーダ

「昭和」って1926年12月25日から1989年(昭和64年)1月7日までで、日本の元号の中で最も長く続いた時代でした。日中戦争、太平洋戦争から狂乱の経済成長を経て日本が大きく発展した時代、あるいは激動の時代などと言われていますが、あなたにとって「昭和」とはどんな時代だったでしょう。あるいは何を思い浮かべますか?
また、まだ生まれてなかったという若い世代のあなたにとっては、「昭和」はどんな時代に映っているでしょう。
9月7日までコメントを募集しております。以下のURLからどうぞ。
https://www.facebook.com/groups/1651099238372682/posts/3732624616886790
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しみてつコラム
幸せだったのは僕の方だ

鹿児島に引っ越した翌日の母

8年前のことだ。
父が亡くなって3年、母はすっかり元気をなくしてしまった。このままでは寝込んでしまうんじゃないかと、無理矢理京都観光に連れ出した。父との思い出の地をたどる小旅行だ。この小旅行が終われば、僕は母を鹿児島に連れて帰ることにしていた。母は父との思い出の地だけではなく、自分が幼い頃を過ごしたあたりにも足を延ばし、思い出話を聞かせてくれた。
母の幼い頃からの馴染みの店で食事をして、通りに出てタクシーを拾った。
「もう見ておきたいところ、訪ねたい場所はない?」
そうたずねると母は
「もう十分。ええ思い出になったわ」
と笑顔で言った。
ほぼ90年を過ごした京都。そのうちの62年を父とともに過ごしたのだ。京都で死にたいと言われても仕方ないなと思っていたが、母は鹿児島に移ることをあっさり受け入れてくれた。それは僕のためだったと思う。京都で独り暮らしをして、僕に迷惑をかけるようなことがあってはならないと思ったのだろう。
その時の母の心中を思うと、今でも胸を刺されたような気持ちになる。京都で最期を迎えたいという思いが、心のどこかにあったのではないか。その思いを確かめることもしないまま……。
2日後8月7日朝、母は62年住み慣れた家を出た。
近所の人や近しい人たちが見送りに集まってくれた。
「元気でね」
「また会いましょうね」
「手紙を書くからね」
「ちょこちょこ帰っておいでね」
それぞれが母の手を握り声をかけてくれた。母は笑顔でうなずいていた。
僕は母の笑顔を見ながら思った。この人は、もうここへ戻ることはないと心に決めているのだ、と。
「大丈夫、俺がちゃんと連れて戻るから。そのために家もそのまま置いときます」
とっさに口をついて出た。その場のどれだけの人がその言葉をそのまま受けとったかどうかはわからない。
ただ母は、その日を別れの日だと受け入れていたのだろう。
「今度会う約束はできひんなあ」
と照れたように言った。
母、94歳の夏だった。
実際母は99歳の誕生日を目前に鹿児島で生涯を終えた。
移ってからの6年間、京都に帰りたい、行きたいとはただの一度も口にしなかった。
「うちはどこにいても幸せや。ありがとう」
それが口癖だった。
夏になると、あの日の母の覚悟を思い出す。
「うちはどこにいても幸せや。ありがとう」
それは最後まで僕を安心させるための言葉だったのかもしれない。
幸せだったのは、僕の方だ。
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頁数:192p
体裁:B5変形横型(182mm×210mm)
ISBN:978-4909819086
2020年4月15日 初版発行
価格:2420円(本体2200円+税)
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