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横目流し目 自然も人工も

台風25号がシルバーウイークの首都圏・関東地方に大きな被害をもたらし去っていきました。
台風やそれに伴う大雨で気の抜けない日々が続いています。被害に遭われた皆さんには心よりお見舞いを申し上げます。これから後片付けで二重に大変な思いをされる方も多いことでしょう。千葉の知人も「なんだか同じことを繰り返して、もういい加減にしてくれと思うが、どこにイライラをぶつけたらいいのか……」と。その心中察するにあまりあります。
ところで、このところの台風、そう私が40歳を過ぎた頃からですから30年前くらいからでしょうか、台風に情緒感というものがなくなったなあと感じます。
今の若い人に「野分(のわけ)」と言ってもなんのことかわからないでしょうね。これ台風のことです。
「野分」という呼び名で台風の情景描写が日本語に初めて現れるのは平安時代の女流文学で、野の草を吹き分ける強い風という意味から、古くは秋の嵐を野分と言ったそうです。
清少納言の『枕草子』には「野分のまたの日こそ、いみじうあはれに、をかしけれ」とありますし、紫式部の『源氏物語』には〈野分〉の章があり、京都を襲った台風について、風の向きや勢い、空の色、木々の枝の折れる音、草露の乱れ散る様子などが、かなり具体的に描写されています。
「野分」も「台風」も秋の季語で、江戸時代の俳諧には松尾芭蕉が詠んだ句「猪も ともに吹るる 野分かな」筆頭にさまざまな句が詠まれています。
さらに「二百十日(にひゃくとおか)」という雑節があります。立春を起算日として210日目で日付ではおよそ9月1日ごろになります。台風の多い日もしくは風の強い日とされますが、必ずしも事実とは言えないようです。
そうして、「台風一過」という言葉があります。これは、台風が過ぎ去って雨が止み、空が晴れることを指す言葉です。青空が広がり穏やかな日が戻ってきたという清々しい気持ちを表した言葉です。今では浸水被害の後片付けやさまざまな復旧工事・作業で台風一過どころではないという人がほとんどだと思います。
今や「野分」や「二百十日」は言うに及ばず、「台風一過」という言葉すら、復旧に追われる現代ではどこか空々しく響くようになりました。
これらの言葉は、台風は恐ろしい気象現象ですが、その受け止めにはどこか情緒があったからこそ生まれてきた言葉でしょう。まだまだ人間の暮らしと自然が一体となっていたのですね。
でも自然は人間の手を離れて、いや人間が手放したのか、ますます人間に牙を剥く存在になるのではないかと心配です。人間の制御を超えて制御不能になっていくのは、私たちが生み出したAIなどのテクノロジーだけではないのかもしれません。
自然そのものが、人間から離れて凶暴化しているように思えます。
心配なのは、どうやらAIだけではなさそうですね。
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変わらない事実
黒岩重吾の西成3部作

ちくま文庫から相次いで復刊された『飛田ホテル』と『西成山王ホテル』、『飛田残月』をきっかけに、作家・黒岩重吾の原点である「西成もの」短編が注目を集めている。昭和30年代半ば、デビュー間もないころに描かれたこれらのミステリーテイストの作品群は、ミステリーと言うより大阪・西成の「どん底」に生きる男女の激しい欲望や情愛、暗い影を背負った生き様を飾ることもなく活写している。私はこれを「黒岩重吾の西成3部作」として長年繰り返し読んできた。
昭和30年代半ばといえば私が幼年・少年期を過ごした時代だ。確かに社会全体が貧しかったが、こんなに血の底を這うような生活があったことを、私はほぼ知らずに育った。これらの作品をはじめて読んだのは大学に入ってからだから、昭和50年代の前半だった。読み進めて、私は、自分は幸せな環境に育ち成長してきたのだと思った。さらに世の中の不条理、矛盾というものも知った。それは今のものの見方考え方に通じている。
そしてさらに痛切に感じたのは、ほとんどの作品で人が死ぬが、激しくいきた末のあっけない死だ。それは人が生きるという意味が凝縮されていると思った。人は皆生と死が背中合わせとなった線上をもがき葛藤しながら歩いていくのだ。それが私の生まれ育った時代であり、その葛藤の中から時代のエネルギーが生まれてきたのだと。
絵に描いたような悲惨な生活像が空疎に響かない背景には、作家自身の過酷な実体験がある。中流家庭に育ち同志社大学に進んだ黒岩は、学徒動員でのソ連国境からの命がけの引き揚げ、終戦後の闇市や相場での生活、そして29歳での全身麻痺という災難に見舞われた。足かけ4年に及ぶ闘病の末、相場の失敗で家族の財産を失った彼は、実家に帰ることもできず西成の安宿街へと身を寄せる。
1泊100円の相部屋で人の目を避けながら暮らしたこの地こそが、後に直木賞を受賞し、社会派ミステリーや古代史小説の第一人者となる黒岩が「作家として生きる覚悟」を決めた原点であった。単なる懐古にとどまらず、貧困や格差を抱える現代社会に対しても強い説得力をもって訴えかけてくる。
今、西成では再開発が進んでいる。黒岩が見た風景はほとんど消えかけていると言っていいだろう。だがそこには人が住み暮らし、もがき葛藤しながら生きている。
それは変わらない事実だ。
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揺れて歩く人々の問
あなたの好きな音楽について聞かせてください

あなたはどんな音楽が好きですか。どんなジャンルのどんな音楽でもかまいません。特にこの曲がお気に入り! とか、これをする時には必ずこの曲を! とか、仕事に集中したい時はこの曲を! とか、どのようなことでもかまいません。あなたのお気に入りの音楽にまつわること、いろいろ聞かせてください。
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奥本 博典さん
なかなか難しい問いかけですね。
私は、音楽の好き嫌いという基準や目安はありません。
もちろんジャンルも小さな頃はどちらかと言うとインストルメンタルが身体に馴染んでました。歌詞の意味はわからず、歌も楽器の一つとして受け止めてました。次第に教育を受けて、世の中の事を少しづつ広く知るようになって、言葉の意味を感じ取れるようになった時も、言葉の意味よりも言葉の組み合わせがイメージさせるモノと方言を含む抑揚に惹かれました。そして今は、耳にした音楽の音階(メロディ)と拍子(リズム)を体が受け入れるか?そこに共感できるか?驚嘆させられるか?
そんな中で、ドボルザークの『交響曲第9番新世界から』は原点の一つです。そして、じゃじゃ馬億万長者のテーマ曲とモンキーズショーのテーマ曲! 高校一年生の時に、歌詞も含めて心に刻まれたのは、大塚まさじさんの『サーカスにはピエロが』と友部正人さんの『大阪へやって来た』。高校3年生の時に友達に聞かされた金森幸介さんの『悲しい日々』です。
ジャンル関係なく心とか肌に合うものが、いつも私の身体の中で響いています✌☺
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古藤只充さん
若い頃からあまりジャンルにこだわらず何でも聴いてますね。特定のミュージッシャンを深堀りすることもないです。だから自分の好みそうな楽曲を次々にかけてくれる最近の配信も悪くないです。CD聴くときにはジャズが多いかなぁ。ビル・エバンスを聴くと心が休まります😜
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宮園 寛さん
悪食でなんでも聴くのが信条ですが、小学生の頃に衝撃を受けたSex Pistolsのお陰かPunkから離れられません。写真の人たちと一緒ですね。
あ、最近はくるりの岸田君のラジオ選曲に共振しています。
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松園 功さん
最近はクラシック、運転中にビアノのラカンバネラです。
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山田 正博さん
ブルーハーツ、RCサクセション、SIONなどなど。因みに昨夜のカラオケは沢田研二と西城秀樹を歌いました。
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高山 富士子さん
どれもこれもそれぞれにそれぞれの良さなのでなあ。
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Akihiro Inoueさん
何が好きかと言われても困る。
クラシックからロック、ジャズまで聴くし、Amazon、Apple musicとかやと何でも聴けるしな。
ただ、このCD💿はよく聴いている。モーツァルトのCD💿を探していて、たまたま買ったけど、お気に入りで1番聴いている。

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Masako Fujiiさん
小学生から好きなのはプリンス。
高校生から好きなのは岡村靖幸。
ちなみに小学生の時好きだった俳優は杉良太郎と火野正平。
プリンスから火野正平まで。ちょっと人には言えない色気がたまらんかった。
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能勢 厚さん
アジアンカンフージェネレーション、エレファントカシマシ、スピッツ、くるり等、後藤正文さん、岸田繁さんとは、私は、同じ歳。
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Fumihiko Tagawaさん
好きな音楽はたくさんあります。
最近よく聴いているのは、高校生のときに聴いていた、例えばスロッビング・グリッスルとか。
若い時に聴いていた音楽を聴くと脳や心が活性化して若返るらしいです。
でも、この10年くらいは音楽よりも、「音」そのもの(所謂具体音)が好きです。
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コメントいただいた皆さん。ありがとうございました。コメントは以下のページからもご覧いただけます。
https://www.facebook.com/groups/1651099238372682/posts/3763173767165208
次の問いは次回ライブ配信時にお知らせします。〈揺れて歩く人々の対話テーブル〉でお気軽にコメントくださいね!
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しみてつコラム
長い不在

8年前のことです。
鹿児島に移り住んで間もない母が写真展に来てくれました。種子島の人と風景を撮った写真を集めた写真展です。入居したばかりの高齢者専用住宅の友達を数人連れて来てくれたのです。みんなでギャラリーの中央で楽しそうに微笑む写真を、Facebookの「思い出」が教えてくれました。
数日前に転んで車椅子での生活になり、少々窮屈そうに笑う母です。医者の見立てでは、足の骨に異常があり、年齢のこともあり自立して歩くのは無理かもしれないと言われた直後のことでした。
僕が説明をしながら、ヘルパーさんに車椅子を押してもらいゆっくり時間をかけて見てくれました。
「きれいやねえ」
「いやあ、こんなとこ行きたいわあ」
みんなでそんなことを言い合いながら。
「歩けるようになったら、みんなで行こうね」
その時96歳の母です。前向きというか貪欲というか、こうした心の持ちようこそが長生きの秘訣なのだと、母に教えられた気がしました。
話題はいつしか天文館に変わり、ギャラリーを出たらみんなでしろくまを食べに行こうと。
「なんだか遠足みたいやなあ」
母は本当に楽しそうでした。
ギャラリーの玄関まで見送りに出た時、母は振り返って僕にこう言いました。
「ところで、これ、だれの写真え? こんなきれいな写真どんな人が撮らはったんえ?」
「誰って、母さん、僕が撮ったんですよ」
苦笑いしながらそう答えると、母は不思議そうに僕の顔をじっと見ました。そして
「あんたそんな仕事してたんや……」
ぼそっと呟きました。
そうです。母は僕がどこで何をしているか、全く知らなかったのです。それは両親の側を離れて鹿児島に移ってからの30年間だけではありません。おそらく大学を出てからの僕の仕事、暮らしについて、ほぼ何も知らない、いや、おおよそ知ってはいても理解できていなかったに違いありません。
父が亡くなり母と話す機会が増えました。母は一つひとつの会話の中で息子の本当の姿を垣間見てきたことでしょう。僕はそれまでの不在を埋めようと時間の許す限り母と話しました。
写真展を見にきてくれてから3年。母は99歳を目前に他界しました。
長い不在は埋められただろうか。今もふとそんなことを思います。
母はきっと笑っています。
「今度はうちが長い不在やね」と。
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【おっさんずライフ】新作公開しました。
『僕はこんな酒を飲んできた』
2025年7月から2026年8月まで。僕はこんな酒を飲んできた。繰り返し、繰り返し、飲んで飲んで、そして飲んで……。
これがすべてではないですが、主なところは含まれてます。
ほぼ1銘柄1回の登場になりますが、それぞれ何度も繰り返し大量に飲んだことに間違いはありません。
『僕はこんなものを食べてきた 麺食い編』
身体によくないなあとは思いつつ、わかっちゃいるけどやめられない、あっそれ〜〜🎶
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頁数:192p
体裁:B5変形横型(182mm×210mm)
ISBN:978-4909819086
2020年4月15日 初版発行
価格:2420円(本体2200円+税)
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最後までおつきあいありがとうございました。
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次号は2026年10月9日(金曜日)配信予定です。
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